【富山・長野連続女性誘拐殺人事件】「赤いフェアレディZの女」が仕掛けた身代金誘拐と、捜査を惑わせた思い込みの心理

はじめに:女性が主犯とは誰も考えなかった

1980年2月から3月にかけて、富山県と長野県で若い女性が相次いで連れ去られ、殺害される事件が起きました。富山では18歳の高校3年生、長野では20歳の信用金庫職員が被害に遭い、いずれの家族にも身代金を要求する電話がかかっています。逮捕されたのは、富山市で贈答品販売会社を営んでいた宮崎知子(当時34歳)と、その交際相手の男性でした。

捜査と起訴の段階では、男性が殺害の実行役とみられていました。しかし裁判で男性は無罪となり、宮崎の単独犯行と認定されます。宮崎は1998年に死刑が確定しました。本記事では、二つの誘拐事件の経緯と捜査の流れを整理し、金銭目的の計画的犯行に見られる「道具的攻撃性」、段階的なエスカレーション、責任を外に向ける語り、そして捜査側の「男性主犯」という思い込みを、犯罪心理学の観点から読み解きます。なお、被害者の実名と、無罪が確定した男性の実名は記載しません。

1. 事件発生の経緯とタイムライン

■ 前史:経営難の会社と、未遂に終わった保険金殺人

宮崎知子は1946年に富山県で生まれ、県立高校を卒業後、生命保険会社の事務員や化粧品会社の美容部員などとして働いたとされます。高校卒業時には東京の大学に合格しながら、家族の反対で進学をあきらめたと伝えられています。1969年に結婚して長男をもうけ、1974年に離婚しました。その後、1978年ごろ、富山市で贈答品を扱う会社「北陸企画」を立ち上げました。共同で出資したのが、のちに逮捕される交際相手の男性です。男性は妻のある電気工で、宮崎とは1977年に知り合ったとされます。

会社の経営は苦しく、借金を抱えていました。借金の額は資料によって約300万円から数千万円まで幅があり、正確な額は確認できていません。この時期、宮崎は日産の高級スポーツカー「フェアレディZ」を借金で購入しています。ワインレッドの車体は名義こそ男性でしたが、主に宮崎が乗っていたとされ、のちに目撃証言から「赤いフェアレディZの女」と呼ばれることになります。

1979年には、結婚相談所で知り合った男性に保険をかけたうえで、殺害を2度試みて失敗したとされます。報道や資料によれば、崖からの転落を装う方法や薬品を使う方法が試みられましたが、いずれも未遂に終わりました。さらに1980年2月には、誘拐の下見のように若い男性を誘い出したこともあったと伝えられています。

■ 1980年2月23日 富山――高校3年生の失踪

1980年2月23日の夕方、富山駅の近くで、富山県八尾町(現・富山市)に住む県立高校3年の女子生徒(18歳)が宮崎の車に乗せられました。生徒は春から金沢の専門学校に進学することが決まっていました。資料によれば、宮崎は短期のアルバイトの話を持ちかけ、食事をしながら家族のことを聞き出したとされます。その夜、生徒は北陸企画の事務所に泊まりました。翌24日の昼ごろには、生徒本人が家族に「友人の家にいる」と電話をかけています。

殺害の日時は資料によって異なり、2月25日とするものと、捜査本部が26日の夕方と断定したとするものがあります。睡眠薬で眠らせたうえで首を絞めたとされます。2月25日午後4時ごろ、生徒の自宅に公衆電話から電話があり、祖父が応対しました。27日の午前にも再び電話がかかり、父親が喫茶店に呼び出されましたが、犯人は現れませんでした。富山事件の電話では、具体的な金額は示されなかったとする資料があります。

■ 1980年3月5日 長野――信用金庫職員の連れ去り

富山の生徒が見つからないまま、3月5日の夕方、長野市南長野のバス停付近で、帰宅途中だった長野信用金庫に勤める女性(20歳)が連れ去られました。時刻は午後6時ごろとも6時30分ごろとも伝えられています。食事やドライブに誘われ、長野県小県郡青木村の山中で車中泊をしたのち、3月6日の明け方に殺害されたとされます。

3月6日午後7時16分、女性の自宅に電話がかかり、「翌朝10時に3,000万円を姉に持たせて長野駅へ来い」と要求しました。父親は午後7時43分に110番通報し、警察は逆探知の準備を整えます。3月7日、長野駅で姉が呼び出され、用意できたのが10万円だけと分かると、犯人は2,000万円に要求を下げたうえで、特急あさまで群馬県の高崎駅へ向かうよう指示しました。高崎では、観光案内所、喫茶店、レストランと呼び出し先が次々に変えられ、最後は「翌日正午に来い」と指示されます。3月8日、姉は再びレストランに向かいましたが、犯人は姿を見せませんでした。

■ 3月6日、富山の生徒の遺体発見

長野の事件が起きた翌日の3月6日、岐阜県吉城郡古川町(現・飛騨市)の川沿いで、富山の生徒の遺体が釣り客によって見つかりました。身元は翌日確認されます。長野の女性の遺体は、宮崎の供述にもとづいて、4月上旬に青木村の山中で見つかりました。発見日は4月2日とする資料と4月3日とする資料があります。

  • 1980年2月23日|富山駅付近で高校3年の女子生徒(18歳)が宮崎の車に乗る
  • 1980年2月25日|生徒の自宅に最初の電話(27日にも電話)
  • 1980年3月5日|長野市で信用金庫職員の女性(20歳)が連れ去られる
  • 1980年3月6日|長野の自宅に3,000万円の要求。同日、岐阜県古川町で富山の生徒の遺体が見つかる
  • 1980年3月7〜8日|長野駅から高崎へ身代金の受け渡しが誘導されるが、犯人は現れず
  • 1980年3月30日|宮崎と交際相手の男性を身代金目的誘拐の容疑で逮捕
  • 1980年4月上旬|青木村の山中で長野の女性の遺体が見つかる
  • 1988年2月9日|富山地裁が宮崎に死刑、男性に無罪
  • 1992年3月31日|名古屋高裁金沢支部が双方の控訴を棄却(男性の無罪が確定)
  • 1998年9月4日|最高裁が上告を棄却し、宮崎の死刑が確定へ

2. 捜査の経緯と犯人特定

■ 広域捜査と「赤いフェアレディZ」

長野県警は3月7日に特別捜査本部を設け、富山側も3月10日に捜査本部を置きました。両事件はいずれも若い女性が狙われ、身代金が要求されていたことから、関連が疑われます。3月8日から10日にかけて、宮崎と交際相手の男性は任意で事情を聴かれましたが、2人とも被害者との面識を否定しました。

捜査の手がかりとなったのは、赤いスポーツカーの目撃情報や、事件前後の宮崎の行動でした。富山の生徒の両親は2月26日に北陸企画を訪ねていたとされ、宮崎は面識を否定していました。長野事件は3月27日に公開捜査に切り替えられます。そして3月30日、警察庁は両事件を「広域重要111号事件」に指定し、同じ日に長野県警が2人を身代金目的誘拐の容疑で逮捕しました。

■ 起訴までの流れ

逮捕後、長野事件については4月20日に身代金目的誘拐、殺人、死体遺棄などの罪で起訴されました。翌21日には富山事件で再逮捕され、5月13日に起訴されています。長野の女性の遺体が見つかったのは、宮崎の供述にもとづく捜索によってでした。犯人しか知りえない遺体の場所が供述によって明らかになったことは、宮崎の関与を強く示す事実の一つとされました。

■ 決め手とされた証拠

報道や資料によれば、有罪の根拠とされた主な証拠は次のようなものでした。まず、長野事件の身代金要求の電話が録音されており、その声紋が宮崎と一致したとされます。また、北陸企画の事務所から富山の生徒の指紋が、宮崎の車から生徒の毛髪が見つかったとされます。さらに、岐阜県古川町の飲食店の従業員が、2月26日の昼ごろに3人連れの客を見たと証言しました。

宮崎は逮捕後、両事件の殺害を認める供述をしましたが、公判では富山事件を否認し、のちに真犯人は別にいると主張するようになります。捜査には、長野・富山・岐阜の3県警に加え、警視庁や群馬・埼玉の県警も加わり、投入された捜査員は延べ1万5,000人を超えたとされます。

■ 捜査上の問題点――「男性が実行役」という前提

この事件の捜査で最も大きな問題とされたのが、交際相手の男性の扱いです。捜査と起訴の段階では、両事件とも殺害の実行犯は男性だとされていました。男性は取調べの中で一時関与を認める供述をしたものの、のちに撤回したとされます(起訴後に全面否認したとする資料もあります)。

長野事件の発生時刻、男性にはテレビ番組の内容を正確に説明できるなどのアリバイがありました。公判の途中の1985年、検察は長野事件での男性のアリバイを認め、主張を「宮崎が主導し、男性は共謀した」という形に改めます。それでも1987年4月には、宮崎に死刑、男性に無期懲役を求刑しました。

交際相手の男性は、逮捕から一審判決で釈放されるまで、長期間にわたって身柄を拘束されることになりました。当時の報道も捜査発表をそのまま伝え、男性を犯人視するものが目立ったと指摘されています。事件の解決前に報道協定を破った週刊誌があったことも、報道のあり方をめぐる議論を呼びました。

3. 犯罪心理学プロファイリング

ここからは、判決で認められた事実と報道を手がかりに、宮崎の行動と捜査側の判断を心理学の概念から分析します。ただし、本人の内面を断定するものではなく、あくまで行動から考えられる仮説として示します。

■ 道具的攻撃性――目的のための手段としての暴力

攻撃性の研究では、怒りや恐怖など強い感情から生じる「敵意的(反応的)攻撃」と、金銭などの目的を達成するための手段として行われる「道具的攻撃」が区別されます。後者は感情の高ぶりが少なく、計画性が高いのが特徴とされます。

この事件では、被害者はいずれも宮崎と面識がなく、食事やアルバイトの話で警戒を解かせたうえで連れ出されました。睡眠薬で眠らせてから殺害したとされる点、殺害後に身代金を要求している点からは、被害者への個人的な感情ではなく、金を得るという目的のために暴力が選ばれたことがうかがえます。被害者が生きて帰れば自分の顔を知られるため、身代金の要求より先に殺害している点も、道具的な計算が働いていた可能性を示していると考えられます。

長野事件の身代金の受け渡しでは、家族を特急列車で別の県へ移動させ、到着後も呼び出し先を次々に変えています。これは、待ち構える警察の配置を崩し、監視の有無を確かめようとする行動だったと考えられます。用意された金額が少ないと分かると、すぐに要求額を下げた点にも、何としても現金を手に入れたいという切迫した事情が表れているように見えます。

一方で、富山事件の電話では具体的な金額が示されなかったとされ、受け渡しの段取りにも詰めの甘さが見られます。徹底した合理性で動いていたというよりも、経済的に追い詰められた中で場当たり的な判断が重なったとみることもできます。

■ 段階的エスカレーション――保険金殺人未遂から誘拐へ

犯罪行動の研究では、一度に重大な犯罪へ至るのではなく、小さな逸脱から始まり、行動が段階的に重くなっていく過程がしばしば指摘されます。成功や失敗の経験が、次の行動の方法を変えていくのです。

宮崎は1979年、保険をかけた男性の殺害を2度試み、失敗したとされます。翌1980年2月には若い男性を誘い出したものの実行に至らず、その直後に女子高校生を狙いました。保険金という、手続きに時間がかかり発覚しやすい方法から、短期間で現金を得られる身代金誘拐へと手段を変えた流れは、借金の圧力が強まる中で、より直接的な方法へ移っていったと解釈できます。また、狙う相手が成人男性から、警戒されにくいと考えたのか、若い女性に変わったことにも、失敗から学んだ計算があった可能性があります。

ただし、保険金殺人の未遂は起訴された事件そのものではなく、資料に基づく記述です。一連の行動を一本の線として説明することには、後付けの解釈が入りやすい点に注意が必要です。

■ 信頼の悪用――「親切な大人」という仮面

見知らぬ相手を犯罪に引き込む手口では、相手の警戒心を下げるための働きかけが重要な役割を果たします。社会心理学では、好意や親切を受けると相手に応えたくなる「返報性」や、身なりや肩書きから相手を信頼してしまう傾向が知られています。

富山事件では短期のアルバイトの話が持ちかけられ、長野事件では食事やドライブに誘われたとされます。会社を経営する年上の女性という立場は、若い女性にとって警戒の対象になりにくかったと考えられます。食事をしながら家族の情報を聞き出したとされる点からは、相手に安心感を与えつつ、身代金を要求するための情報を集めていた可能性がうかがえます。犯行の前日、長野駅の周辺で別の女性に声をかけて断られていたとする資料もあり、相手を選びながら近づいていたことがうかがえます。

ただし、被害者が誘いに応じたことに落ち度があったわけではありません。善意の申し出を装った接近は、誰であっても見抜くのが難しいものです。

■ 外的帰属と「別の真犯人」という語り

自分の行為の原因を、自分ではなく他人や状況に求める考え方を「外的帰属」と呼びます。罪を犯した人が自分を正当化する過程は、「責任の否定」などを含む「中和の技術」としても説明されてきました。

宮崎は、逮捕直後には両事件の殺害を認めながら、公判では富山事件を否認し、のちには真犯人は別にいると主張するようになりました。死刑確定後も再審請求を繰り返しています。こうした供述の変化は、刑を免れたいという現実的な動機に加え、自分を加害者として受け止めることへの抵抗が働いていた可能性も考えられます。

もっとも、被告人が否認に転じることは珍しくなく、それ自体が特定の心理特性を示すとはいえません。再審請求は法律上認められた権利であり、その行使を心理的な問題として捉えることには慎重であるべきです。

■ ステレオタイプと確証バイアス――「女性が主犯のはずはない」

人は限られた情報から判断するとき、社会に広く共有されたイメージ(ステレオタイプ)に頼りがちです。そこに、いったん立てた仮説を支える情報ばかりを集める確証バイアスが加わると、判断の誤りは強まります。

この事件では、捜査と起訴の段階で、殺害の実行犯は男性だという前提が置かれていました。若い女性を連れ去り、殺害する凶悪事件の実行役として、男性を想定する方が自然だと受け止められた可能性があります。男性のアリバイが成り立つことが分かったあとも、検察は主張を「共謀」に改めて有罪を求め続けました。仮説が崩れても、仮説そのものを捨てずに形を変えて維持するという流れは、確証バイアスの典型的な表れと考えられます。

一方、裁判所は最終的に、物証や証言を検討して男性を無罪としました。捜査の誤りを修正したのも司法の手続きであったことは、見落とすべきではありません。

4. 事件の背景と社会への影響

■ 当時の社会状況・地域の背景

1980年は、身代金目的の誘拐事件が13件起き、当時として最多を記録した年とされています。電話を使った身代金の要求は、犯人にとって受け渡しの段階が最大の危険となるため、この事件でも呼び出し先を次々に変える方法がとられました。事件の舞台は富山・長野・岐阜の3県にまたがり、受け渡しの誘導は群馬県高崎市にまで及びました。県境を越える犯行は、当時の警察の連携の弱さを突く形になったと指摘されています。警察庁が複数の都道府県にまたがる重大事件を「広域重要指定事件」として番号を付けて指定する仕組みは、こうした広域犯罪への対応のために設けられたもので、この事件は111号として指定されました。

また、自家用車が地方の生活に広く浸透していた時代でもありました。駅前やバス停で車に乗せて連れ去るという手口は、車社会の広がりとともに生まれた犯罪の一つの形だったともいえます。

■ 事件が社会・法律・報道に与えた影響

女性が主犯となった身代金目的の連続誘拐殺人として、この事件は大きく報じられました。報道では「赤いフェアレディZの女」という呼び名が繰り返し使われ、事件の残忍さよりも、高級車を乗り回す女性経営者という人物像に注目が集まりがちだったとも指摘されています。犯罪を起こした女性を、その人物の「女性らしさ」からの逸脱として描く報道の傾向は、その後の事件でもたびたび議論の対象になっています。宮崎は、戦後の女性の死刑確定者として数少ない一人とされます。一方で、交際相手の男性が逮捕から約12年後に無罪が確定したことは、捜査段階での長時間の取調べや、警察の留置施設で被疑者を取り調べる「代用監獄」の問題、捜査発表を鵜呑みにする報道のあり方を問い直すきっかけになりました。資料によれば、男性には刑事補償が認められたものの、社会復帰には大きな困難があったと伝えられています。

事件は佐木隆三のノンフィクション『男の責任 女高生・OL連続誘拐殺人事件』として描かれ、1992年にはテレビドラマにもなりました。

5. 司法の判断と現代への教訓

■ 判決・現在の状況

一審の富山地裁は、1980年9月の初公判から約7年半の審理を経て、1988年2月9日、両事件とも宮崎の単独犯行と認定し、宮崎に死刑、交際相手の男性に無罪を言い渡しました。検察は男性の無罪判決を不服として控訴しましたが、名古屋高裁金沢支部は1992年3月31日、宮崎と検察の双方の控訴を棄却します。検察が上告しなかったため、男性の無罪が確定しました。宮崎については、1998年9月4日に最高裁が上告を棄却し、死刑が確定しています(確定の日付を同年10月とする資料もあります)。

資料によれば、控訴審は1989年11月に始まり、28回の公判を経て結審しました。上告審でも一、二審の判断は維持されています。

宮崎はその後、再審請求を繰り返しましたが、いずれも退けられたと報じられています。請求の回数は資料によって4回とも5回とも伝えられています。獄中では、別の事件の死刑確定者と養子縁組をして姓が変わった時期もあったとされ、その後も支援者との縁組などで姓が何度か変わったと報じられています。2026年時点で死刑は執行されておらず、死亡を伝える報道も確認できませんでした。

■ 現代社会への教訓

  • 「らしさ」の思い込みは捜査を誤らせる:犯人像を性別や役割のイメージで決めつけると、証拠の読み方そのものがゆがみます。仮説は常に反証に開かれている必要があります。
  • 共犯とされた人の人権にも目を向ける:交際相手というだけで長く犯人視された男性の経験は、逮捕や報道が人生に与える影響の大きさを示しています。
  • 見知らぬ人の誘いに潜む危険:アルバイトの紹介や食事の誘いといった日常的な声かけが、犯罪の入口になることがあります。特に若い人が一人で応じない工夫が重要です。

まとめ

富山・長野連続女性誘拐殺人事件は、借金に追い詰められた一人の女性が、面識のない若い女性2人の命を奪い、身代金を要求した事件でした。睡眠薬を使い、殺害してから金を求めるという行動には、目的のために手段を選ぶ道具的な計算がうかがえます。

同時にこの事件は、捜査側が「男性が実行役」という前提に縛られ、無関係の殺害について交際相手の男性を長く犯人視した事件でもありました。犯人を見誤る思い込みは、真相の解明を遅らせるだけでなく、新たな被害者を生みます。命を奪われた2人の女性と、その家族が受けた苦しみを忘れず、捜査と報道のあり方を問い続けることが求められています。

【動画でさらに詳しく解説】 本事件の詳細は、YouTubeチャンネル『CRIMINALNIGHT』にて解説しています。ぜひあわせてご覧ください。