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【東電OL殺人事件】現場に残された「第3のDNA」と葬られた真実

司:「昼間は大企業の幹部候補、夜は円山町(まるやまちょう)の路上に立つ。なぜ彼女は、二つの極端な顔を使い分けなければならなかったのか。……それが、この事件の最大の特異点です。皆さん、こんばんは。」

 美鈴:「この事件は当時、日本中に衝撃を与えましたよね。エリート女性の裏の顔ばかりがセンセーショナルに報じられましたが、調べれば調べるほど、彼女の深い孤独と、巻き込まれたもう一人の人物の悲劇が浮かび上がってきます」 

司:「そうだな。本日は1997年に発生した『東電OL殺人事件』を徹底解説します。犯罪心理学における被害者の心の闇、そして偏見に満ちた『見込み捜査』やメディアの『報道被害』が何を引き起こしたのか。これは、現代社会の誰もが陥る可能性のある『心の空洞』の物語です」

美鈴:「事件が発覚したのは、1997年3月19日の夕方ですね。現場は渋谷のまるやまちょう……当時はもっと混沌としたホテル街だったと聞きました」 

司:「そうだな。古い木造アパートの1階空き部屋で、39歳の女性の他殺体が発見されました。死因は首を絞められたことによる窒息死で、殺害は発見の約10日前、3月8日深夜から9日未明にかけてと推定されています。財布からは1万円札だけが抜き取られ、小銭は残されていました」 

美鈴:「お金目的の強盗にしては不自然ですよね。ちなみに、その現場となったアパートって今どうなっているんですか?」 

司:「驚くべきことに建物は現在も残っており、部屋のドアにはテンキー錠が取り付けられ、なんと『民泊』として外国人観光客などに利用されているという報道もあるんだ」 

美鈴:「ええっ!!   あんな悲惨な事件があった部屋に泊まっている人がいるんですか……。そして、この部屋で亡くなった女性の身元が判明した瞬間、世間の視線は一変したんですよね」

司:「被害者となったAさんは、名門大学を卒業後、東京電力に初の女性総合職として入社したエリート社員でした。さらに、被害にあった時点で、会社の株式など約7000万円もの個人資産を保有していたとされています」 

美鈴:「7000万円も!? お金に困っているわけじゃないのに、なぜ彼女はあんな薄暗いアパートの空き室にいたんでしょうか……」 

司:「彼女には誰にも言えない秘密があったんだ。昼間は大企業の管理職として働きながら、退勤後はまるやま町の路上で客を勧誘し、売春を行っていたのです。彼女を突き動かしていたのは、決して金銭欲ではない。その心の奥底にあった闇については、後ほど心理分析のセクションで詳しく解き明かしていこう」

司:「事件発覚後、警察の捜査の過程で、彼女の几帳面すぎる性格が浮き彫りになります。彼女の遺留品の中にあった手帳には、いつ、どこで、誰と、いくらで会ったかが、克明に記録されていたのです。その顧客リストは、膨大な数にのぼります」

美鈴:「昼間は大企業で激務をこなしながら、夜はそれほど過酷なノルマを自分自身に課していたなんて……。でも先生、それだけ詳細なリストが残っているなら、犯人の特定はすぐにできたんじゃないですか?」 

司:「それが、そう簡単にはいかなかったんだ。現場であるまるやま町は不特定多数の人間が行き交う場所。警察は、このリストから容疑者を絞り込むという気の遠くなるような捜査を強いられ、事件は難航するかに思われたんだ」

司:「しかし、捜査線上にある一人の男が浮上した。現場となったアパートのすぐ隣のビルで、仲間と共同生活をしていた不法滞在のネパール人男性、ゴビンダ・プラサド・マイナリ氏です。彼もまた、彼女の手帳に記録されていた『客』の一人だったんだ」

 美鈴:「現場のすぐ隣に住んでいたお客さん……! 警察はどうして彼が犯人だと目を付けたんですか?」 

司:「警察は、現場アパートのトイレに捨てられていた使用済みコンドームから彼の精液のDNA型が検出されたことや、現場に落ちていた体毛が彼と一致したとする鑑定結果を突きつけました。さらに、不法残留で強制退去になることを恐れた彼が一時身を隠したことも『逃亡』とみなされたのです」 

美鈴:「現場にそんな証拠が残っていて、しかも一度逃げようとしたのなら……彼が犯人で間違いないように思えてしまいます」

司:「ええ。しかし、警察が突きつけた状況証拠には、大きな矛盾がありました。最大の謎は、被害者の『定期入れ』です。事件現場は渋谷ですが、彼女の定期入れは殺害から数日後、被害者にもゴビンダ氏にも全く土地勘のない『豊島区巣鴨』の民家の敷地内で発見されたのです」 

美鈴:「渋谷で事件を起こしたのに、わざわざ見知らぬ巣鴨まで証拠を捨てに行くなんて、どう考えても不自然すぎます!」 

司:「さらに不可解なのは彼の行動です。被害者が殺害されたのは3月8日の深夜ですが、遺体が発見されたのは11日後の3月19日です。もし彼が犯人なら、その間に海外へ高飛びすることもできたはずです。しかし彼は、遺体が発見されるまでの11日間、現場から直線距離で1メートルも離れていない隣のビルで暮らし続けており、最後は自首しています」 

美鈴:「自分が殺した相手の遺体がすぐ隣の部屋にあるのに、11日間もそこで暮らせる人間なんて……ちょっと想像できません」

 司:「2000年4月の一審・東京地裁では、第三者の毛髪が落ちていたことや巣鴨の定期入れの矛盾などが指摘され、『合理的な疑いが残る』として無罪判決が言い渡されました。しかし、ここで司法の信じがたい暴走が起きます。本来なら無罪判決で釈放されるはずが、検察は『出国したら有罪になった時に刑の執行ができない』と主張し、裁判所も強引な法解釈で彼の身柄を再び拘束し続けたのです」 

美鈴:「無罪になったのに刑務所に戻されるなんて、そんなの絶対におかしいです! 彼の人権はどうなってるんですか!?」 

司:「そして同年12月の控訴審・東京高裁では、一審の疑問点を置き去りにしたまま、一転して『無期懲役』の逆転有罪判決が下されました。判決の瞬間、彼は法廷で『神様、僕はやってない』と泣き叫んだといいます。彼は言葉も通じない異国の刑務所で、絶望的な服役生活を送ることになったのです」

美鈴:「無実を叫ぶ声が握り潰されてしまったんですね……。でも先生、彼は最終的に無罪を勝ち取ったんですよね? 一体どんな奇跡が起きたんですか?」

 司:「奇跡を起こしたのは、弁護団の執念と最新の科学技術でした。2011年、最新の技術でDNA鑑定した結果、被害者の体内の精液や現場の毛髪から、ゴビンダ氏(B型)とは全く別の『O型の男』のDNAが検出されたのです」 

美鈴:「別人のDNA……! じゃあ、真犯人はその『O型の男』だったってことですか!」

 司:「そうだ。しかも、被害者の胸に付着していた『O型の唾液』の鑑定結果を、検察は裁判の段階から自分たちに不利な証拠として隠し持っていたんだ。

この決定的な新証拠により、2012年にゴビンダ氏の再審無罪が確定し、彼は故郷のネパールへ帰国したんだ。

しかし、真犯人『ミスターX』は、今もどこかで息を潜めている」

司:「ここからは、この事件に関わる人々の深層心理を分析していくぞ。

まず被害者のAさんだが、彼女はコンニャクなど低カロリーのおでんの汁を頻繁に購入しており、重度の拒食症を患い、骨と皮だけのような肉体だったんだ」 

美鈴:「そんな体で、昼は激務をこなし、夜は体を売っていたなんて……。どうして自分をそこまで痛めつける必要があったんですか?」

 司:「社会の中で理想と現実のギャップに苦しむ状態を、犯罪学では『アノミー』と呼ぶ。

また、耐え難い心理的苦痛を緩和するための、なけなしの対処として、逸脱行動(いつだつこうどう)や依存症に陥ることを『自己治療仮説』じこちりょうかせつ と呼ぶ。

桐野氏の小説『グロテスク』が鋭く描き出したように、彼女にとって夜の街は、昼間の空虚を埋め、自己を証明するための極端な自己防衛だった可能性がある」

 美鈴:「だから、事件後に彼女の生き様を知った同世代の女性読者たちから、『彼女の行動は異常じゃない』と切実な共感の声が寄せられたんですね」

美鈴:「昼間の『完璧な自分』を維持するために、夜の街でバランスをとっていた彼女の命を奪った『ミスターX』には、どんな心理が働いていたんですか?」 

司:「真犯人ミスターXは、遺体の広範な部位(胸、陰部、爪、下着など)に唾液や細胞を残していることから、非常に強い執着と暴力性を持っていたことがプロファイリングされる。

また、殺害後に財布から1万円札だけを抜き取り、小銭を残して逃走している。これは突発的な欲求を抑えきれない『自己統制力の低さ』という二次的犯罪特性を示しているんだ」

美鈴:「自分の欲望のためだけに人の命を奪うなんて、まさに怪物です……。でも先生、そもそもなぜ警察は、そんな凶悪犯を取り逃がし、無実のゴビンダさんを犯人と決めつけてしまったんですか?」

 司:「そこには、捜査機関が陥った『認知バイアス』、つまり強烈な『見込み捜査』の心理が働いたんだ。

一度思い込むと、それに反する証拠(第三者の唾液など)を無意識に、あるいは意図的に排除してしまう。

そしてその背景には、当時、アジア最貧国からの出稼ぎ労働者に対する無意識のレイシズム(民族差別)があったことも否めない」 

美鈴:「もし容疑者が欧米人だったら、そんな強引な取り調べはしなかったかもしれないってことですね……。警察の勝手な思い込みと偏見が、真実をねじ曲げてしまったんですね」

司:「この事件は、マスメディアの『報道被害』という大きな問題も残したんだ。

テレビニュースは、女性被害者を男性被害者の1.5倍も報道し、特に『性』や『プライバシー』に関わる情報を興味本位で結びつける傾向がある。

これは、社会を支配する男性中心の価値観、いわゆる『支配的コード』がメディアを通じて流布された結果なんだ」

 美鈴:「被害者の方は亡くなった後も、世間の好奇の目に晒され続けて、二度殺されたようなものですね。無罪になったゴビンダさんも、国から約6800万円の補償金を受け取ったそうですが、失われた15年という時間は絶対にお金では買えません」

 司:「その通り。現在、彼はネパールで庭造りのボランティアなどをして静かに暮らしているそうなんだ。

この事件は、人間の抱える心の闇だけでなく、国家権力やメディアが暴走したときの恐ろしさを社会に突きつけたんだ」

 美鈴:「この痛ましい事件から、私たちは何を学べばいいのでしょうか?」

 司:「制度的な面では、日本の冤罪を根絶するために、取り調べの全面可視化と証拠の全面開示が不可欠だということ。

そして私たち個人としては、センセーショナルな報道や無意識の偏見に流されず、客観的な事実を見極める冷静な目を持たなければならない。

さらに、現代でも『完璧でなければならない』というプレッシャーに押しつぶされそうな人は多い。限界を感じる前に、専門機関へSOSを出すことが重要だ」

 美鈴:「Aさんのように、誰にも言えない重圧を抱えて壊れそうになっている人はたくさんいるはずです。自分を痛めつける前に、どうか誰かにSOSを出してほしいと心から願います。……先生、次回はどんな事件の闇に迫るんですか?」 

司:「次回は、一見平和な住宅街で起きた『沈黙の連鎖』……未解決のまま時が止まった、世田谷一家殺害事件のプロファイリングを予定している。

美鈴:今回の内容がみなさまの危機回避力を高めてくれたら幸いです。

私達の活動が良かったと思っていただけたら、是非登録と高評価してくれたら、とても嬉しいです。

 

司:それでは皆様、また次回『CRIMINALNIGHT』でお会いしましょう」おやすみなさい

 

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