アメリカ 海外事件

リップスティック・キラー(ウィリアム・ハイレンズ事件)

オープニング

「皆さん、こんばんは。霧谷司です。今夜も『CRIMINALNIGHT ークリミナルナイトー』へようこそ。

想像してみてください。 もしあなたが、自分の家で何者かに命を奪われたとします。そして、犯人があなたの血ではなく……あなたの『口紅』を使って、部屋の壁にこんなメッセージを残していったら、どう思いますか?

『神様、お願いだから、私がこれ以上人を殺す前に私を捕まえてくれ。自分をコントロールできないんだ』

これは映画や小説のセリフではありません。1945年、実際にアメリカ・シカゴの殺人現場に残された、血も凍るような『犯行声明』です。

切り裂きジャックのように警察を挑発する手紙でもなく、ただのイタズラでもない。 『誰か、僕を止めてくれ』という、殺人鬼自身の悲痛な叫び……。

今夜お話しするのは、アメリカ犯罪史にその名を刻む『リップスティック・キラー』こと、ウィリアム・ハイレンズが引き起こした凄惨な事件です。 そして物語の後半では、誰もが知るあの超有名な未解決事件……『ブラック・ダリア事件』との背筋も凍るような繋がりについて、驚愕の考察をお届けします。

部屋の明かりを少し落として、最後まで私の声に耳を傾けてください。 それでは、事件の扉を開けましょう……」

【②事件の概要:恐怖の連鎖】

「まずは、事件の全貌をお話しします。 時代は1945年。第二次世界大戦が終わろうとしていたアメリカのシカゴで、それは静かに幕を開けました。

最初の事件は6月5日。43歳の未亡人、ジョセフィン・ロスという女性が自宅のアパートで無残に殺害されました。彼女は頭を激しく殴られ、首から喉にかけて何度も刺されていました。 ベッドの上は血の海だったにもかかわらず、奇妙なことに、彼女の遺体はとても『綺麗』でした。犯人は遺体をわざわざ浴室まで運び、血を綺麗に洗い流していたのです。

さらに不気味なのは、犯人が遺体にした『ある装飾』です。 犯人はジョセフィンの刺し傷に粘着テープを貼り、首に赤いスカートとストッキングを巻きつけて、全裸のまま放置しました。 一見すると残忍な性犯罪に見えますが、彼女が乱暴された痕跡は一切ありませんでした。部屋からは現金や貴金属が消えていたため、警察は強盗殺人を疑いましたが、単なる物盗りにしては遺体の扱いが異常すぎます。現場からは指紋ひとつ見つかりませんでした。

シカゴ警察が頭を抱える中、半年後の12月10日、第二の悲劇が起こります。 被害者は30歳の元海軍婦人部隊員、フランシス・ブラウン。彼女もまた自宅の浴室で殺されていました。 浴槽にもたれかかるように倒れ、水は真っ赤に染まっています。全裸の遺体の首にはパジャマの上着が巻きつけられ、頭と腕には銃で撃たれた痕。さらに、左耳の下から反対側に突き抜けるほどの深い刺し傷がありました。

遺体を洗い流し、全裸にして、首に衣類を巻きつける。乱暴はしていない。 完全に同一犯の犯行です。しかし、この事件には、最初の事件にはなかった『決定的な証拠』が残されていました。

犯人は、フランシスが持っていた口紅を手に取り、部屋の壁にこう書き殴ったのです。

『For heavens sake catch me before I kill more I cannot control myself』 (神様、お願いだから、私がこれ以上人を殺す前に私を捕まえてくれ。自分をコントロールできないんだ)。

警察はこの口紅のメッセージから、犯人を『リップスティック・キラー』と名付けました。 しかし、警察の必死の捜査を嘲笑うかのように、年が明けた1946年1月6日。シカゴの住民を恐怖のどん底に突き落とす、最悪の事件が起きてしまいます。

被害者は、わずか6歳の少女、スザンヌ・デグナン。 夜、彼女は自宅の寝室から忽然と姿を消しました。ベッドには『2万ドル用意して待て。警察には知らせるな』と書かれた脅迫状だけが残されていました。

誘拐事件かと思われましたが、翌日の夕方……近所のマンホールの中から、スザンヌちゃんの小さな頭部が発見されます。そして周辺の下水道から、切断された両足、胴体、そして後には両腕が見つかったのです。 検視の結果、彼女は誘拐された直後、午前1時頃には殺害されていたことがわかりました。つまり、犯人の目的は最初から身代金ではなく、『殺人そのもの』だったのです。

全く違うパターンの3つの事件。しかし警察は、身代金の脅迫状の筆跡が、あの『壁の口紅のメッセージ』と酷似していることに気づきます。

シカゴ中がパニックに陥る中、ついにその年の夏、ある男が逮捕されました。 彼こそが、これらすべての事件の犯人……当時まだ17歳の大学生、ウィリアム・ハイレンズだったのです」

【③犯人像:狂信的環境が生んだ怪物】

「たった17歳のエリート大学生が、なぜこれほど残忍な連続殺人鬼になってしまったのか? その答えは、彼が育った『異常な家庭環境』にありました。

ウィリアム・ハイレンズは、狂信的なカトリック信者の家庭に生まれました。 特に母親の信仰は度を越しており、幼い彼に対して『性行為や女性は汚いものだ』『不潔なものだ』と徹底的に教え込みました。 さらに家族は貧しく、両親はいつも激しく口論していました。温かい愛情も、正しい性知識も与えられないまま、彼は極端に禁欲的な生活を強いられたのです。

人間の自然な感情である『性欲』すら『ウジ虫のような汚いもの』と教えられた彼は、自分自身を激しく嫌悪しながら成長しました。 その結果、彼の心は歪な方向に暴走し始めます。女性そのものと関わることを恐れた彼は、『女性の下着』に異常な執着を持つようになったのです。

彼は少年時代から下着泥棒を繰り返すようになります。そして恐ろしいことに、彼は盗みに入り、他人の下着を身につけたり、他人の家の窓から侵入したりするだけで『快感の絶頂』に達するようになってしまいました。 彼にとって、窃盗とはただの犯罪ではなく、『性行為の代わり』だったのです。

彼は決して頭が悪いわけではありません。むしろ天才的で、なんと16歳で飛び級して名門シカゴ大学に進学しています。 しかし、親元を離れたことで彼の悪癖はさらにエスカレートしました。 自分の異常性を自覚していたハイレンズは、衝動を抑えようと必死に抵抗した時期もありました。下着を求めて外に出ないよう、自分の服をすべて戸棚に隠して鍵をかけたこともありました。

しかし、それでも衝動は抑えきれず、なんと素っ裸のまま夜の街を走り回り、他人の家に侵入するようになってしまったのです。 そしてあの日、下着を盗むために侵入した部屋で、被害者のジョセフィンに見つかってしまい……パニックになった彼は、ナイフで彼女を刺し殺してしまいました。

しかし、これが彼にとって『超えてはいけない一線』でした。 彼はこの時、『人を殺すこと』が、下着を盗むことよりも遥かに強い快感をもたらすことに気づいてしまったのです」

【④動機の考察:視聴者が驚く3つの事実】

「さて、ここからは、この事件に隠された『驚くべき3つの考察』をお話ししましょう。霧谷司のプロファイリングの真骨頂です。

驚愕の考察その1:口紅のメッセージは『正常な人間の倫理』からのSOSだった。 皆さんは、殺人を犯した後に『自分を止めてくれ』と書く殺人鬼をどう思いますか? 多くの異常犯罪者は、自分が神になったかのように振る舞ったり、警察をあざ笑ったりします。しかしハイレンズは違いました。 彼は、自分の中の『殺人をやめられない怪物』と、『キリスト教的な倫理観を持つ正常な自分』との間で激しく引き裂かれていたのです。 宗教は殺人を絶対に許しません。彼が壁に書き殴ったあのメッセージは、決して狂人の戯言ではなく、『殺人という原罪に耐えきれなくなった、彼の中の残された人間性からの、倫理的な叫び』だったのです。

驚愕の考察その2:なぜ遺体を洗い流し、乱暴しなかったのか? 彼は全裸の女性を殺害しても、決して乱暴しませんでした。これはなぜか? それは、母親から『女性の体と交わることは汚い』と洗脳されていたからです。彼にとっての性行為は『窓から侵入して人を殺すこと』そのものでした。 そして遺体を綺麗に洗ったのは、無意識のうちに『自分の汚れた罪(殺害行為)を洗い流し、清めようとする』宗教的な儀式だったのだと考察できます。

驚愕の考察その3:あのアメリカ最大の未解決事件『ブラック・ダリア事件』との背筋も凍る繋がり 皆さん、『ブラック・ダリア事件』を知っていますか? ハイレンズが少女をバラバラにした翌年、1947年にロサンゼルスでエリザベス・ショートという女性が腰から真っ二つに切断され、血を全て抜かれて殺された超有名な未解決事件です。 実は当時、ロサンゼルス警察の捜査官は、ハイレンズの事件とブラック・ダリア事件の繋がりを本気で疑っていました。 理由は、ダリア事件の犯人と思われる人物から新聞社に送られた手紙と、ハイレンズが誘拐事件で書いた身代金の脅迫状の筆跡に、恐ろしいほどの共通点があったからです。 どちらの文章も、大文字と小文字が不気味に入り混じっており、特にアルファベットの『P』の書き方の歪さが、完全に一致していたと言われています。 ハイレンズはその時すでに逮捕されていましたが……果たして、これは単なる偶然でしょうか? それとも、ハイレンズの事件を真似た『模倣犯(コピーキャット)』だったのか? あるいは、ハイレンズは警察に言っていない『別の仲間』と繋がっていたのか……。歴史の闇に葬られた謎ですが、狂気は確実に連鎖していたのです」

【⑤注意喚起・エンディング】

「最後に、犯罪心理学の観点から皆さんに一つ、大事な注意喚起をさせてください。

ウィリアム・ハイレンズという怪物を生み出したのは、生まれつきの狂気だけではありません。 『人間の自然な欲求や感情を、力で完全に押さえつけようとした極端な環境』が、彼の心を歪ませたのです。 人は、厳しすぎる抑圧や『それは汚いことだ』という極端な否定を与えられ続けると、自分自身をコントロールできなくなり、やがて倫理というタガが外れてしまいます。

もしあなたの周りに、何かに対して極端に感情を抑え込んでいる人や、急に小さな逸脱行動……例えば万引きや覗きなどの小さな犯罪を始めた人がいたら、絶対に気をつけてください。 それは、彼らの中で『コントロールできない怪物』が目覚めようとしている、最初のサインかもしれません。

ハイレンズはその後、終身刑となり、イリノイ州の刑務所で最長服役記録を更新し続け、2012年に83歳で獄中死しました。 彼は65年間、鉄格子の中で何を思っていたのでしょうか。あの壁に書いた『自分をコントロールできない』という悲鳴の答えは、見つかったのでしょうか……。

今夜の物語はここまでです。 いかがでしたか? 人間の心の奥底には、誰しも小さな怪物が眠っています。どうか、その怪物を起こさないように。

お相手は、霧谷司でした。 それでは皆さん……良い夜を。そして、戸締りはお忘れなく」

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