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【悪魔の詩訳者殺人事件】国際的陰謀と未解決の真相に迫る|筑波大学助教授刺殺事件の全貌

【悪魔の詩訳者殺人事件】国際的陰謀と未解決の真相に迫る|筑波大学助教授刺殺事件の全貌

はじめに

1991年に発生した「悪魔の詩訳者殺人事件(五十嵐一助教授刺殺事件)」は、日本の未解決事件史の中でも特異な存在です。筑波大学のキャンパスという学問の場で起きた残忍な殺人、国際的な宗教問題と政治的陰謀が絡み合う背景、そして15年の時効を迎えてもなお真相が解明されていないという事実は、多くの人々に衝撃を与え続けています。

本記事では、事件の概要、背景、容疑者とされる人物の動き、警察の捜査、そして犯人像を犯罪心理学の視点から分析します。さらに、国際テロや宗教的対立が背景にある事件から、私たちが日常生活で学ぶべき危機管理のポイントについても詳しく解説します。

事件の概要

1991年(平成3年)7月12日、茨城県つくば市の筑波大学人文・社会学系A棟7階エレベーターホールにて、同大学助教授・五十嵐一氏(当時44歳)が刺殺体で発見されました。司法解剖の結果、殺害は前日の深夜(11日22時〜12日2時頃)に行われたとされ、左に2カ所、右に1カ所の深い頸部の傷はいずれも頸動脈を切断するものでした。さらに胸部・腹部への複数の刺傷も確認され、その一部は肝臓に達していました。

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現場にはO型の血痕(被害者とは異なる血液型)と、27.5cmのカンフーシューズの足跡が残されていました。犯人はエレベーターを避けて階段を使用し、3階から非常階段を使って逃走したとみられていますが、目撃情報は皆無で、捜査は初動から難航しました。

五十嵐助教授は、前年の1990年にサルマン・ラシュディの小説『悪魔の詩』を日本語に翻訳・出版した人物であり、事件発生直後からイスラム過激派による報復・処刑の可能性が指摘されました。これは、1989年にイランの最高指導者ホメイニ師が同書を「イスラムへの冒涜」として著者および関係者に死刑を宣告するファトワー(宗教法令)を出していたためです。

15年後の2006年7月11日、事件は公訴時効を迎え、真相が明かされることなく未解決事件となりました。しかし、国際的な犯行が想定されるため、国外逃亡者が実行犯である場合は時効が成立していない可能性も指摘されています。

 


犯人の背景と国際的な緊張

事件の背景には、単なる個人間のトラブルではなく、宗教・政治・国際関係が複雑に絡んでいます。

『悪魔の詩』とホメイニ師の死刑宣告

1988年、イギリスのペンギンブックス社が出版したサルマン・ラシュディ著『悪魔の詩』は、イスラム教徒の一部に強い反発を引き起こしました。預言者ムハンマドを彷彿とさせる人物の描写や宗教的比喩が、イスラム教の一神教的教義を冒涜したと解釈されたためです。翌1989年2月、イランのホメイニ師はラシュディ氏および出版関係者全員に対し、全世界のイスラム教徒に向けた「死刑執行」のファトワーを発令しました。

その後、イタリア語訳者への刺殺未遂、トルコ語訳者の集会襲撃(37名死亡)など、世界各地で実際に襲撃事件が発生。日本語訳を担当した五十嵐助教授もこのファトワーの対象となっていました。


被害者と犯行内容

五十嵐一助教授は、東京大学理学部数学科を卒業後、同大学大学院人文科学研究科美学芸術学博士課程を修了。イラン王立哲学アカデミーで研究員として活動するなど、理数と人文の両面に精通した知識人でした。1988年、出版者のジャンニ・パルマ氏から『悪魔の詩』の翻訳を依頼され、興味と学術的な見地から翻訳を引き受けました。

出版記念会見ではイスラム団体の抗議と「死刑宣告」が公然と行われ、彼自身も危険を認識していましたが、身辺警護を断り「誤解が解ければ危険はない」と語っていました。この油断と信念が、結果的に悲劇を招いたとされています。

犯行は夏休み中の深夜、人気のないキャンパスで実行されました。首を切るというイスラム式の処刑方法が用いられており、怨恨ではなく宗教的・象徴的なメッセージ性を持つ犯行と見られます。


警察の捜査と時効

警察は当初、筑波大学構内の関係者・留学生・イスラム圏出身者などを中心に大規模な聞き込み・血液検査・出入国記録の洗い出しを実施。その中で事件当日の昼にバングラデシュへ帰国した短期留学生の存在が浮上しました。彼は事件推定時刻と重なる時間帯にキャンパスに滞在しており、極秘報告書では「容疑者」と明記されていました。

しかし、外交上の配慮から日本政府はイスラム諸国との関係悪化を懸念し、国際手配や現地捜査は見送られました。この判断は警察内部でも意見が割れ、実質的に捜査は打ち切りに近い形で終息。2006年の時効成立を迎え、事件は迷宮入りとなりました。


犯人像のプロファイリング(犯罪心理学)

犯罪心理学的に見て、この犯行には以下の特徴がみられます:

  • 宗教的・政治的動機の強さ:怨恨ではなく宗教的象徴としての「処刑」。
  • 計画性:夏休み中の人気のない時間帯、逃走経路の把握。
  • 訓練された犯行手口:頸動脈を正確に切断している点から、一定の訓練を受けた人物である可能性が高い。
  • 国際組織的な支援:単独犯ではなく、複数の協力者・組織による支援の可能性。

このことから、犯人は単なる過激な個人ではなく、イラン革命防衛隊やイスラム過激派組織、あるいは他国の工作機関など、国際的な組織とつながる人物である可能性が高いと考えられます。


危機管理アドバイス

本事件は特殊な国際的背景を持ちますが、私たちの日常生活にも通じる「危機管理の教訓」があります。

  • 脅迫や危険情報を軽視しない
  • 「自分は大丈夫」という思い込みを避ける
  • 国際的な問題では早期に警察・外務当局と連携する
  • 身辺の警護・セキュリティ対策を軽視しない

特に、情報公開や学術活動に携わる人々は、国内外の政治・宗教情勢が及ぼすリスクを意識することが重要です。


まとめ

「悪魔の詩訳者殺人事件」は、単なる殺人事件ではなく、宗教・言論の自由・国際政治が交錯した未解決事件です。翻訳という知的行為が命の危険に直結したこの事件は、日本の治安・外交・報道の在り方にも大きな課題を突きつけました。

事件から30年以上が経過した現在も、真相は闇の中です。しかし、事件を風化させず、背景を理解することは、同様の悲劇を繰り返さないための第一歩となります。


 

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